November 22nd, 2002
かけがえの無い友人が逝って8ヶ月
通称、Buddy高橋って男が居た。大阪出身で、一つ違いで歳も近かったし、行き付けの店、隠れ家で出会って一緒にBluesをプレイして東京一の親友になっていた。彼と出会ったのは、ちょうど2年くらい前のことやった。そのBuddyが逝ったのが8ヶ月前。忘れもしない3月27日の未明のこと。
独身主義を通していたあいつは、一人暮しのマンションで、風呂上がりに高血圧から心筋梗塞を起こして誰にも気付かれずに冷たくなっていたと言う。無断欠勤に慌てたヤツの会社の同僚から、隠れ家の酋長(いわゆるマスター)のところにBuddyは来てへんか?という連絡が入ったのが27日の夕方。俺の携帯に酋長からすぐ電話が入り、「胸騒ぎがする。向井も心当たりをあたってくれ」との伝言。まさかそんな事と思っていた矢先にすぐ酋長からまた電話。「Buddyが死んだ。すぐ店に来い。」・・・「酋長、何言うてるねん、アホなこと。」・・「いいから早く来いっつうねん、ムカイ!」と怒鳴られて隠れ家に飛んでった。
あいつの残した人生は、この俺にはもの凄いImpactを持っている。何て言ったら良いのか難しいけど、何気ない優しさとどんな争いも吸収して安らぎを与えてしまうっちゅうか。。。あいつの悪口を言う人間には出会ったことが無い。かと言って、個性が無い訳ではなく、ドロドロの個性の固まりのオトコ。不思議な安堵感を漂わせるBlues好きのオトコ。あいつが逝ってしまってからは、「まだ生きていたら、東京でどんな音楽シーンを続けることができたんやろかなぁ?」 ってなことを考えてきた。
幸い、俺はこのドでかい東京っちゅう街ん中で、まだBluesを続けてる。もう一人の良き友人、彼とはBuddyが生きてた頃は一緒にBluesをやっていたけど、その彼はつい最近新しいブルースバンドを組みよった。もちろん応援してる。俺は俺で、既に8月から新たなチャレンジっちゅうか、女性シンガーの友人を得て、バラッドやR&Bの大人の世界をやり始めてる。 しかし、個人的に感じるのは、彼(新しいブルースバンドの友人)と俺との距離感がいくぶん長くなってしまったと言うか、言い換えれば、Buddyが居たから、接着剤と言うか緩衝材と言うか、そういうもんになってくれていたような気がする。
やっと、先々週、落ち着いて眠れるあいつのお墓ができたそうな。俺は出張でドイツに居た。まだあいつの実家で線香もあげられていなかったので、今日大阪に出張する機会を得たのを幸いに、おやっさんに連絡もとれた。一日泊まって土曜日にはあいつの新居でもある墓参りと合わせて御焼香に、Buddyのご両親に会いに行くことになった。色々積もる話もあるねんけど、あの世に逝っても写真やろうが何であろうが、あいつの顔を見ると話ができる。東京での最期の別れの時、4月の頭やったよなぁ。あいつはちゃんとメッセージをくれた。そういうヤツや。ここんところ悩みも尽きない俺やけど、また同じ熱いメッセージをくれるはずや。
「Otis、Blues続けんかいさ!」