10.シカゴの格闘技編 < その 1. >
突然ではあるが、シカゴで思い出した忘れられない、普通の人は味わうこともない、また味わうべきでもない経験の話をしよう。
つい数日前、アメリカ時代の友人のWebを見つけた。3年間連絡が取れずに悩み続けていた親友の一人だ。彼の名前は、湯口誠治、通称わび助と言う。ミュージシャンの間では、WABIと呼ばれている。
彼との出会いは、とんでもない事件の後だった。少々長くなるが、凄い話なんで前編・後編に分けて話したいと思う。アメリカ駐在時代の5年目くらい、確か1992年の、シカゴブルースフェスティバルの時だ。仕事は、シアトルやったけど、ブルース好きの私は、毎年6月上旬にあるシカゴブルースフェスに足を運んでいたっちゅうか、飛んで行ってた。The
ACESのLouis MyersさんやDave Myersさん、Jr. Wellsさんや、Lefty
Dizzさんなんかが、1980年に一人旅でシカゴに来た時のボクを覚えていてくれて、まだグラミーを取る前のBuddy
Guyさんでさえ、半分愛想だろうが、オープンしたてのLegendsにお祝いに行ったら、覚えてる覚えてるっちゅうて、大喜びして抱きしめてくれた。そういうゴキゲンな時期だった。
今となっては、LouisさんもJr. Wellsさんも亡くなられて、一番親しくしてくれていたLouisさんの死は本当に悲しかった。手土産に持ってった博多人形を目の前で落として割られたことは今も忘れられへん。ホンマに申し訳なさそうな顔してたけど、同時にケロッとしていた。Louisさんの口癖は、「Blues
is feeling, alright?」だった。
話がそれたが、1998年から毎年行ってたブルースフェスで、例の如く、Checkerboard
Loungeで、夜中の2時過ぎまでLouisさんと飲んでたんやけど、そろそろホテルに帰るっちゅうて別れる時のLouisさんとの会話、「送ってこか?」「イヤイヤ大丈夫や。慣れてるから」となって、人通りも無い真夜中のシカゴのサウスを歩いて、ループ(シカゴ市内をガタガタ走り回る高架鉄道です)に乗り込んだ。脇に抱えるドタ袋には、Louisさん等と遊んだライヴのテープとラジカセ、今夜撮ったワイガヤ写真とそのカメラが入っていた。さすがに慣れていたとは言え、こんな時間のループはヤバイ。案の定、車内は黒人2人とボクだけ、そのうちの一人が話し掛けてきた。